「きれいだね」貴方が私を見て微笑った。優しくて美しいその顔に柔らかな色が浮かぶ、私は貴方がきれいだと、そう何度も思った。「雷光さんも、とてもうつくしいです」私の声は震えていなかっただろうか。「やだな、うつくしいだなんて、男に言う言葉じゃないよ」よかった、震えてなかったみたいだ。「でも、私、ほんとうにそう思うもの」「でも、僕は君がとてもきれいだと思う。今まで見てきた誰よりも、きれいだ」「やだわ、そんな大げさなこと」ほんとうに、大げさなこと。
真っ白なドレスが赤い絨毯の廊下の上をさらさらと滑る。私の体に纏われているこの白い衣服は、まるで私を馬鹿にするかのようにきれいな真っ白をしていた。真っ赤な絨毯は白が自分を覆い隠そうとも何とも返事はしない。ただ重力に任せて、その白が過ぎ去るのずっと待っている。じっと、じっと、待っている。「雷光さん、私、緊張する」「僕もだ。こんなに緊張したのはいつ以来だろうか」「そんな顔、全然してないくせに」「顔には出ないタイプなんだ」「それはポーカーフェイス?」「そうとも言うね」クスクスと穏やかに貴方はまたそうやって微笑う。うつくしい。とても、とても。その目に何の色も浮かんでいなくとも、仮面のような微笑みであろうとも、うつくしい。貴方は本当に笑っているのかしら?その美しい仮面は、貴方の醜い表情を隠しでもしているのかしら?それとも、私なんか本当の美しさなんて見せてやらないって、そう言っているの?どっちにしても、貴方はとっても意地悪だわ。
手に持った花をぎゅっと握り締めた。いい香り、これは本物だ。「その花、きれいだね。君によく似合う」「またそんなことを。雷光さんってば、今日は口説きすぎです」「口説いてない、本音さ」嘘ね、それも、嘘ね。その仮面は、うつくしすぎるもの。その目は何を見ているの?何をうつしてるの?ほら、何も見ていないわ、何もうつしてもいないわ。一時期ピンク色だったその髪をそっと撫でると、驚いたように目に色が宿る。ああ、きれい。なんて、うつくしい。
「その花、なんていうんだい」「わからないわ、きっと、スミレじゃないかしら」「へえ、スミレか」君に、よく似合う。素敵な花だ。青って、好きだよ、君みたいで。「やだわ、恥ずかしい冗談ね」冗談じゃないよ、本音だ。
「雷光さん!」私たちが座っていたベンチの近くへ、スーツを纏った見覚えのある少年が駆け寄ってくる。彼は、確か彼の部下の、「俄雨」「雷光さん、その――今言うべきじゃないのは、わかってたんですが、」彼は言いにくそうに顔をしかめた。「あの、雷光さんの、元部下のあの方が、その―」貴方は穏やかな微笑みを少しずつ消していく。うつくしかった仮面が、はがれていく。「まさか、」「危ないんだそうです。致命傷、らしくて。意識も、朦朧としていて・・・」私は彼を見た。はらはらと涙を流していた。貴方はその肩を撫でていた。「雷光さん――」「、」その美しい顔に、仮面はもう無かった。まるで黒だった闇に白い光を混ぜてあげたような、見えないようで見えるその変化。仮面のない貴方の顔は、とても美しかった。「雷光さん、行ってきて。まだ式には時間があるもの。――その子、貴方のこと好きだったのでしょう」そして、貴方も。「――ごめんね、」どうして謝るの?「いいのよ、行ってきて」「わかった」彼らは走り出す。真っ赤な絨毯が彼らの足音を消して言った。貴方の白いタキシードは真っ赤な絨毯によく似合う。彼らが見えなくなって、私は視線を向けるのをやめた。ついさっきまで貴方のいたその場所は空っぽになってしまった。そっと手を触れると、冷たくなった金属だけが、おまえはひとりなのだよ、と手袋越しに教えてくれた。
君を泣かせるだけの愛しか
(私はいつだって貴方のその仮面だけを見て幸せになる)