貴方は時々まるで人形のような無機質な目で私を見ます。私はそれがとても心持悪いのですが、その無機質な目とは反対に表情はとても嬉しそうに、満足そうに微笑まれるものですから、私はいつも貴方に対する文句を胸の奥に仕舞ってしまうのです。そんな貴方は私を他の誰かと重ね合わせてみています。貴方はきっと隠しているつもりなのでしょうけども、私にはそれがわかります。貴方が昔の恋人を忘れられる事ができずにいることも、私は知っています。本音を言わせていただけるのでしたら、私は貴方「ひとりの私として」見ていてほしいと願うでしょう。けれどもそれを言うことが叶わないのは、やはり貴方のその満足そうな笑みをまるで計ったかのように私に見せるからです。どんなに嫌な思いをしたって貴方のその笑みを見ることができたのならば、次の瞬間私はもう嫌な事も何もかも忘れてしまうのです。貴方の笑みはまるで光のように私を照らします。決して闇なんて暗く美しい存在ではない私は、貴方のその笑みを見ることができるだけで、最高の幸せだと常々思っているのです。その笑顔はまるで麻薬のように私にまとわりつき、私それを受け入れてしまうのです。だから四六時中貴方の姿を探し、目で追い、貴方の存在を確かめることができると、私は一抹の不安と共に安堵という感情を覚えるのです。私は今まで結構長く生きてきたと自分で思っていますから、それが「恋」だということを私は知っています。

君は時々まるで見透かすように僕のことを見る。僕それがとても心地よいと感じる一方、怖いとも思う。初めて君を見たとき、君には失礼だと思いながらも今は逝ってしまった最愛の人を思い出した。若かったあの頃の僕は君に似ている最愛の人さえ居ればいいと思っていた。彼女と出会う前に僕が見ていた世界は、ひどく空虚で恐ろしかった。けれど彼女はその空虚で色の無い世界までもを消してしまうかのような笑顔を僕に向けた。僕はその笑顔が好きだった。色の無かった僕の見ていた世界は、鮮やかなパステルカラーを塗りつぶしたようにカラフルになった。僕は確かに彼女を愛し、彼女をかけがえのない存在だと思っていた。しかし、いつも消えないで、と願う僕の思いを裏切って彼女は逝ってしまった。ぷつりと糸をはさみで切られたかのようだった。黒い箱の中に眠る彼女は、その美しい瞳を開く事も、色をつけるような笑顔を見せることもなかた。彼女は死んだように眠った。否、眠ったように死んだ。僕は辛かった。かけがえのない存在である彼女を奪ったこの世界が憎かったし、彼女を失った深い悲しみがより一層僕を苦しめた。何故僕が彼女の後を追えなかったというのは、彼女が僕が彼女のあとを追って死んでいくことを一番の悲しみとしている事を知っていたからだ。今はもうそんなことを確かめる術もないというのに。そして彼女のいなくなった世界は僕にとって色の無いひどく空虚な世界も同然だった。あれから僕は苦しんだ。そして、今でも。君は、僕が君と彼女を重ね合わせて見ているなんて失礼極まりないこと、気づいているのだろうか。もしかして気づいているかもしれない。君を見るときの僕の目は、自分でもわかるくらいひどく悲しく遠い目をしているから。そのシルクのような柔らかい髪に触れながら、僕は今日も君が鈍感で、僕が君と彼女を重ね合わせてみていることに気づいていないのかも、という淡い期待を抱く。

貴方は私がどんなに目の奥でやめてと訴えようとも、貴方はそれにこたえようとはしませんでした。きっと貴方は私の気持ちにこたえることから逃げているのだと思います。私はそれを悲しく思いますし、できるなら私だけを見つめてほしいと思っています。けれど、今貴方が私の中を見ていないとしても、結局私を見てくださっていることに変わりは無いのですから、今の関係を壊して確立の低い未来を狙う事より、今の不安定なままの状態でいいと私は思います。私はひどく臆病者です。だから、前へ進む一歩を踏み出す事ができずにいます。勿論長く生きてきたのですから、あらゆる考え方は覚えました。前に進まなければいけない、と誰が言ったのでしょう。誰が私にそんな無理なことを押し付けたのでしょうか。私は前に進む、というその行動に億劫になっているのです。そんな私の中の葛藤ですらも、貴方は気づいていないのでしょう?貴方はいつも私の願いから逃げます。私はいつも貴方と前に進むことから逃げます。お互い臆病者同士だからこそ、お互い強く言い合うことができないのです。私は臆病者です。

君はいつも僕に懇願するような目で見る。それが何なのか、僕にだってわかっている。けれど、僕には最愛の人が居る。君のその懇願の誘惑にのせられて僕はそれにこたえようとする。けれど彼女を忘れられない僕が誘惑にのろうとする僕を殴って叱る。――彼女への気持ちを忘れたのか。――僕は彼女を愛しいと思いながら、少しずつ怖いと思えてきた。こんなにも僕を縛り付ける。甘い、拘束。他の女性からの誘惑すらを拒んでしまうような甘く苦い拘束。それを心地よいと感じる僕と、自由になりたいと感じる僕がいた。僕の中には2人の僕が居る。それを一般的に「二重人格」といった。僕はその「二重人格」を自覚しながら捨てきれずに居る。――どちらも失うことが怖い人格だからだ。もし、僕の中でどちらか一方が消えてしまったら、僕はどうなるだろうか。ぼろぼろになって人間じゃなくなるかもしれない。わからない。けれど、誰かを悲しませると思った。君が僕に愛してほしいと口で言わない優しさを僕は知っている。そして僕はそれを知りつつも知らないふりをしてその優しさに甘える。君は優しい。僕はずるい。そして臆病だ。君が僕のために自分に嘘をついて自分を見てほしいと言わないのだって、僕は知っているのに、そんなことはしなくていいだよと僕はいう事ができない。僕は臆病者だ。



それを知っているのに、どうする事もできない。前へ進むことが、できない。僕は彼女の拘束につかまったままで。私は貴方への思いを胸の奥に仕舞っているままなのです。










運命
(貴方を、)(君を、)(愛することがこんなにも辛いなんて)