ぽたり、ぽたり、と雫は僕の耳からコートへと伝わって落ちてゆく。まだ寒いこの時期の雨が肌寒い。芯から冷えていくようだ。雨はまるで楽しむかのように勢いを増し、傘を差さない僕を勢いよく濡らす。既にコートは洗濯したみたいにびしょびしょだった。上にあった目線をしたにおろす。コンクリートが視界いっぱいに広がった。コンクリートは水を受けて色を濃くしていてまだ足りないというように水は落ちていく。いっぱいになったコンクリートの上に水溜りができた。無意識に僕は足を伸ばしていた。ぴちゃんと水溜りがはじける。ズボンも水で濡れた。水に濡れたズボンは水を含んだせいでちくちくして僕の肌を刺激した。靴下から伝わる湿った生暖かい感触が肌を伝わって脳へ送られていく。脳はそれを不快と選択し心へ送った。一連の事は一秒もたたないうちに行われていく。何もかもが早すぎた。こうやって息をすることだって心臓を動かすことだって人を殺す時だって、今まで生きてきた時間だって。何もかもが早すぎた。だから何も心に残すことはなくこの曇った空のようにどんよりとかすんで見えるだけだった。それが当たり前になっていた。(綺麗だ、)ふと思った。あのどんよりと先の見えない雲が、それに落とされる透明の雫が、それにより濡らされていくコンクリートの地面が、この雫に濡らされる何もかも全てが。(綺麗だ、)その綺麗なものをこの手で手に入れたいと思った。手袋をしたこの手は、素手で触ることなく手に入れることもできない。けれど、手に入れた満足感があった。よくわからないけれど、僕は今凄く満足していた。気に入らないことがなかった。どんよりと曇る雲が美しいと感じられた。(それが例えば僕の手に入らなかったとしたら、)凄く怖いことのように思えた。綺麗なものを、ただひとつ、綺麗なものを、手に入れることすらできない。そう思うと恐怖に震えた。こんな僕は変なのかもしれない。第三者の目から見た僕は、とてつもなく、変な存在に見えるのかもしれない。きっと、いや絶対、そうなのかもしれない。根拠の無い確信は僕を次第に埋め尽くしていき、仕舞いにはそれを違和感なく受け止める。僕は本当に欲するもの何なんだろうか。

ふと、僕を濡らす水滴が消えた。それにより麻痺していた神経は少しずつ回復を始め体が寒いと悲鳴を上げ始める。僕は視界の端で黒く長い美しい髪を捕らえた。それは昨日会ったばかりの、彼女。すぎていく状況に今ひとつ理解のできなかった頭は少しずつ覚醒していき、彼女を認識することができた。彼女をじっと見つめる僕を見て、彼女は少し苦笑した。そして一言だけ、「風邪ひいちゃうよ」と優しく言った。





(ああ、僕は、)(彼女の全てを、何もかもぜんぶを)(手に入れたいとおもった)









さんがつのあめ

(あいしてる)